23 小特集 合理的配慮ってどんなこと? のある児童生徒の中には,鉛筆で は文字を綴ることがほとんどでき なくても,キーボードで入力した り,しゃべったことがそのまま文 字として入力される音声入力を使 うと,非常に流ちょうに文章表現 を行える人がいます。またそれだ けではなく,そもそも指導の場面 において,鉛筆では学習が成立し てこなかった生徒が,キーボード 入力や音声入力を使用することで 「作文の書き方を学ぶ」という教 育機会に,効果的に参加できるよ うになる場合があります。 同じように,ディスレクシア(読 字障害)のある児童生徒では,耳 で聞いて話の内容を理解すること ができても,印刷された文字を読 むことが難しいために,授業の内 容についていけない場合がありま す(視力に障害はないが,視覚認 知や視覚的な文字を音韻や意味に 変換する認知機能に機能的な制限 があるため)。しかしこれも「教 材は紙の印刷物である」という前 提を変えると,状況が変わること があります。教材の内容を電子 データとして用意することで,そ れをコンピューターの音声読み上 げ機能を使って音声に変換して耳 で聞いて読んだり,フォントの種 類や文字の色,背景色を本人が読 みやすいと感じるものに変更した り,文字の大きさを拡大したりと いった変更調整が可能になるから です。また,これも上記の書字障 害の例と同じように,そもそも通 常の印刷物の教材では学ぶことが できていなかった児童生徒に対し て,ICTを活用して初めて,学ぶ 機会を保障できることがあります。 「A君は作文が稚拙で何度教え ても向上しない」「Bさんは理解 している語彙が少なく文章から意 味を適切に読み取ることができな い」……教師は懸命に指導してい るのにどうしてなのか? と疑問 に思っている方も多いのではない でしょうか。実はその背景に,紙 と鉛筆の利用がその個人の知覚や 認知の特性と合っておらず,本人 にとってみれば「学習空白」と同 じ状態になっているケースもあり ます。特に,中学年以上になって も一般的な読み書き訓練の指導に 高価が見られない場合,並行し て,ICTを使って教育機会を保障 する取り組みも必要となります。 さて,国連障害者権利条約と障 害者差別解消法により,2016年4 月以降は制度的に「合理的配慮」 がすべての学校で義務または努力 義務として提供されることになり ました。合理的配慮とは「思いや り」を意味する言葉ではありませ んし,特別支援教育の何らかの手 法を言い換えた言葉でもありませ ん。教育について言えば,障害の ある児童生徒が,他の生徒と平等 な教育の機会に参加する権利を保 テクノロジーの活用は,様々な 障害のある人々の教育・日常生 活・労働の環境を,より参加し やすくするための手段として用 いられています。障害者の社会 参加を保障することを目指した テクノロジー利用は,「支援技術 (Assistive Technology)」と呼ば れます。1980年代に米国で生ま れた用語で,支援技術利用を促進 する法制度を背景に,様々な技術 や製品の研究開発が行われてき ています。ICT(Information and Communication Technology) だ けではなく,義足や義手,自助具, 車いすなども,広義の支援技術で す。今回は,支援技術のうち,学 習障害(lerning disability)のあ る児童生徒の修学支援に関する活 用を例にとって紹介します。 例えば,特異的学習障害のう ち,ディスグラフィア(書字障 害)のある児童生徒では,鉛筆を 使って文字を綴ることがほとんど できない場合があります。本人 は,相手に伝えたいメッセージを 頭の中で考えることができていた としても,鉛筆を使ってそれを綴 ることが極端に困難であるため, 結果として,作文などの形で,効 果的に自己表現することが難し いという結果になります。しか し「文字は鉛筆で綴るもの」とい う前提を変えれば,大きく状況が 変わることがあります。書字障害
テクノロジーの活用と学びやすさ・
合理的配慮
東京大学先端科学技術研究センター 准教授近藤武夫
(こんどう たけお) Profile─近藤武夫 2003年,広島大学大学院教育学研究科博士課程修了。2013年から現職。DO-IT Japanディレクター,米国ワシントン大学連携研究員。専門は特別支援教育,支援技 術。著書は『学校でのICT利用による読み書き支援』(編著,金子書房)など。24 めて,前述の学習障害の例のよ うな学習空白を埋めることができ るのです。つまり,他の生徒とは 異なる学び方を必要としている生 徒に,その生徒に合った学び方を 提供しやすくする道具のひとつと して,タブレットやパソコン等の ICTがあり,それが現在のところ, 学校にとっても使いやすく役立て やすい選択肢になりつつある,と 考えていただければと思います。 本稿では,学習障害にある読み 書きの困難を例として挙げました が,実際には図1のように,学習 への参加を難しくする様々な困 難と,参加を保障するテクノロ ジーの利用があります。「テクノ ロジーの利用だけが唯一の選択肢 であり他は否定すべきもの」とい う誤解はあってはなりません。し かし,個々のケースに応じて,テ クノロジーの利用が効果的かつ適 切といえるかどうかを検討するこ とは,障害のある児童生徒・学生 の教育参加保障を考える上で,必 ず考慮しなくてはならないことで あると言えます。 障するために,他の生徒とは異な る取扱いを,合理的な範囲で認め ることを意味します。 先ほどの「紙と鉛筆の利用」と 合理的配慮の関係を考えてみま しょう。他の多くの生徒にとっ ては,紙と鉛筆は学習を支える便 利な道具です。しかし,一部の 障害のある生徒で,障害の状況に よっては,紙と鉛筆を利用しても その生徒の学習を支えることにな らず,逆に,明らかに教育場面へ の参加を阻害することになってい る場合があります。それでも他の 生徒と同じように紙と鉛筆を使用 することだけを強要すると,場合 によっては,その生徒から教育機 会を奪うことになることがありま す。 もっと競争的な場面のことを考 えるとわかりやすくなるかもしれ ません。先ほどの例に挙げた生徒 が,入学試験を受験する場面を考 えてみてください。ある生徒が, タブレットやパソコン等のICT を活用したり,代読や代筆が認め られれば,内容を理解しているこ とを示すことができるのに,紙と 鉛筆の試験しか選択肢に存在して いないとしたら,その生徒はそも そも力を持っていることを示すこ とができません。結果として,紙 と鉛筆の試験しか存在しない入試 の形式は,障害のある生徒の進学 を,意図せず否定するものとなっ てしまいます。 そんなとき,障害のある生徒に, ICTの利用を認めるなど,他の生 徒とは異なる個別の取り扱いを認 めることで,その生徒が環境側の 都合(紙と鉛筆という選択肢しか ない)により,参加を阻まれてい る状況を変えられる場合がありま す。こうした変更・調整が「合理 的配慮」と呼ばれるものです。も ちろん,ケースによっては,合理 的配慮として提供されない場合も あります。例えば,ある種の個別 の変更・調整を行うと,ある場面 での本質的な教育の目的が失われ てしまう場合や,そうした変更・ 調整を行うこと自体が,実施する 学校側に甚大で莫大な負担を生じ てしまう場合が当てはまります。 しかし,そうでない限り(または そうならないように),合理的配 慮を提供することが,学校の義務 または努力義務となっています。 障害者差別解消法によって,不 当な差別的取扱いの禁止と合理的 配慮の提供という形での権利保障 の土台が作られました。それ以前 は,こうした個別の異なる取扱い は,「教室で一人だけ特別は認め ない」という一般的な慣習によっ て否定されることが多かったので すが,新しい制度が生まれたこと で,通常の教室や受験の場面でも 個別の取り扱いが認められるケー スが少しずつ生まれています。 とはいえもちろん「ICTを生徒 に渡せば/教室に放り込めば,す ぐに魔法が起きる」という言説は 大きな間違いです。やはり,日常 の指導や学習の場面から,効果 的にICTを使うことができて初 図1 障害のある児童生徒・学生へのテクノロジー利用